団塊ジィジの日々是好日

つれづれに書くエッセイと出来事ブログです

師走 つれづれに ( どうなる 2026年 )

【 雑記・雑学・雑感 】 94)

 

 師走(12月)もあと3日。 今月は、家内(両耳、突発性難聴)が 公立病院の耳鼻科に付属する補聴器外来で 試供品の補聴器を準備してもらい 3ヶ月のトレーニングに入りました。 難聴になって、すでに4年 メニエール病の症状も 心配になってきましたが、脳との間にある耳(蝸牛)へ少しずつ音量を上げて 脳の変化(音への慣れ)を 見ていこうという思いで やり始めました。 一方、メニエールへの効果は、この補聴器では、期待できませんが、そちらは、今後 漢方薬の世界に期待しようと思っています。

 

 この20025年の1年も あと少しですが、この1年は 「歴史は繰り返す」 や 「歴史に学べ」という 言葉の意味を つくづく感じた1年でした。 世界の地域紛争 や 日本政治の貧困 など 世界も日本も 来年 いや再来年以降 どこに行くのでしょうか。 そして、相変わらず、人命の尊厳を軽視して動き出している自動運転や 逃げるだけという熊対策など 関係者には、「歴史に学べ」 と言いたい 事などあります。 で、いろいろ気になりますので書いてみます。

 

 

(目次)

1. 円安 と 国債の ゆくえ  

2. 師走とは 

3. どうなる 2026年 

 

 

1. 円安 と 国債の ゆくえ 

 

 ここ数ヶ月、ドル円が 155円前後で推移しています。 地域紛争に伴う国際情勢の不安定さが 今後も続く状況では やはり基軸通貨である ドルが買われ、円が売られ と言う状況は、続くと思われます。

 そして、日本の国債の発行額は、来年度の予算で 180兆円になりそうです。 2001年の小泉内閣の時 「新規国債発行額を 30兆円に抑える」 と言っていた時代からすれば、25年後の6倍になった今、最近の政治の貧困を見れば “何をか言わんや” です。

 

 1980年代に 「ジャパン アズ ナンバーワン/Japan as No.1 」 と 言われ経済大国だった日本が、50年経った現代は、 ドル円が、1ドル75円から半減し(円安となり) そして、国債残高は、200兆円から 今は、6倍の1200兆円になり、対GDP(国内総生産)比 でも240% という厳しい財政事情になりました。 このように円安が続き、国債残高も増え続けるという、貿易赤字と 財政赤字が続けは、海外から見た 日本経済への信頼性が 更に低下するという事になります。

 

 

2. 師走とは 

 

 師走の由来を調べてみると、私はそれまで 師が走ると言うから 先生が忙しいから師走なんだ と思っていました。 が、師は僧侶の事で 各家庭が年末になると法事で 僧侶が走り回るからだ と言う事が由来(の一つ) と書いてありました。 ああそうか 、と変に感心していました。 ところで、この12月の呼び名には、さまざまな呼び名があるようです。

 

(12月の さまざまな呼び名)

 

* 極月(ごく つき)   1年の最後の月だから

* 除月(じょ げつ)   古い月から新しい月への節目の月だから

* 春待月(はるまち づき)  温かい春を心待ちにする月だから

* 梅初月(うめはつ づき)  早咲きの梅が 咲き始める月だから

 

などが あるようですが 字面から その意味が 何となくわかりますね。

 

 

3. どうなる 2026年 

 

 円安傾向も 国債発行の継続も このままでは、金持ちは増々金持ちに そして貧乏人は増々貧乏に という 昔は、中産階級が多かった 日本国民の間にも 貧富の差が拡大(2極化)し 又、国債(借金)は、次の世代に と言う事になり 大変な時代になりそうです。

 

 ああ 熊(牧場)の事を 前に書きましたが、 熊は、本格的な冬眠に入る時期のようですが ここに来ても 冬眠せず 民家の近くに来ての 被害がまだ出ているようですね。 やっぱり、出来れば 動物とは共存し、人にも作物にも被害を与えず 山地や農地の放棄地も活用できる “熊牧場” を作り、 人間が 熊から「逃げる(殺す)」のではなく  熊を囲う「攻める(生かす)」のが良いのでは と、思います。 「逃げ」ではなく 良い意味で 「攻め」て 共存する というやり方を 賢い人間が なぜやらないのかと 改めて “熊牧場”の設置促進を 国がやらないのでしょうか。

 

 そして、自動運転(無人化)の話ですが、人間は、車(自動車)を運転するには、自動車教習所という、特定の環境(街中?)の中で 特定の技能を身につけなければ 運転免許証は、もらえない。 ですが、人間の代わりに 自動?(制御機器) が 車(自動車)を 運転するということであれば 自動車教習所に相当する 場所を国が準備し その場所では、街中を模するような環境(施設?)で 特定の技能 に相当する 車の性能を審査し その自動運転車が実現(クリア)できなければ 免許(車の運用許可書)は、与えない という方法を なぜ 国は、しないのでしょうか。

 自動運転の課題が、道路環境や自然災害 それ以外に、電磁障害や、ハッキングなどのコンピュータシステム障害などがある中です。 なぜ最近の あっちこっちでの実証運転の前に まずは、国主導で教習所に相当する シュミレータという場所(高速道なら それ見合いの広い場所)を準備し確保し、人間を乗せた実証運転をする前に シュミレーションをやらないのでしょうか。 まだまだ、技術対応遅れも 自動運転バスの価格も 法整備の遅れなど 難しい課題がまだまだある中で 将来の運転手不足の対応が この自動運転(無人化)に繋がっていますが、やはり 地道なやり方で 対応していかなければ、とてもとても10年20年後に 日本で無人化運転の対応できるとは考えられません。

でわでわ

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村

エッセイ・随筆  小説ブログ・テーマ
エッセイ・随筆