【 雑記・雑学・雑感 】 90)
葉月(8月)になり 天気は、暑い! 暑い! と酷暑と渇水を心配していましたが その後は、猛烈な線状降水帯で 鹿児島も熊本も 九州各地が 大変な状況です。 一方 テレビでは、戦後80年の特集が組まれ 戦前、戦後の出来事が放送されています。 戦後3年で生を受け その後77年を活きてきた 私のあれこれを 書いてみました。
手元に どこか広い境内があるお寺?で撮ったと思われ 何か遠くの方を見ている 祭りの法被を着た子供(多分 1歳か2歳)の写真 そう私の写真が手元にあります。 泣きそうな顔をしていて、母か何かを探しているような顔をした写真です。
過ぎてみれば、あっという間の私の77年間でしたが、亡くなった父、母の事を思い返せば この日本の戦前 戦後の世相が どうだったかをいろいろ知らされました。
(目次)
1. 戦後80年を考える
2. 日本の人口推移
3. これからの挑戦に期待して
1. 戦後80年を考える
父は、明治44年(1911年) 清朝から中華民国へ変わる あの孫文が影響を与えた辛亥革命の年に台湾で生まれました。 台湾は、1895年の日清戦争後 日本の統治下になりました。 我が家には、辛亥革命の年(1911年)に 台湾を襲った記録的な大型台風の(写真集)を 関係者に残した小冊子「 辛亥文月 帝都風水害写真集(明治44年) 」 があり 祖父母が、長男(父)誕生の証と記念に 父に残した物だと思います。
母は、大正8年(1919年)生まれで その当時の世相を反映したように産婦人科病院に就職し 昭和13年(1938年)に看護婦試験に合格、そして、昭和18年(1943年)には、産婆(助産婦)試験にも合格し 当時の 生めや増やせや の流れの中で婦長として仕事をしていました。
父は、明治 大正 昭和と 台湾で幼少期を そして日本で 旧制中学そして東京での学生生活をし、台湾での社会人生活を そして兵役に就き 敗戦後、日本へ引き揚げ船 で帰ってきました。 そして、父母は、敗戦後、伊万里で出会い、結婚し 昭和23年(1948年)に 先ほど幼児期の事をいろいろ書きましたが私が生まれました。
私はいわゆる団塊の世代で、戦後すぐの生まれですので戦争を知りません。 しかし、私も 戦後の東西冷戦時代の中で 1955年から1975年まで続いた 南北ベトナム戦争の時代は 学生として佐世保に居た5年間 陰に陽に反戦の動きを身近に感じた時期で 昭和43年(1968年)の原潜エンタープライズの佐世保寄港時は、デモにも参加しました。
戦後(第2次世界大戦後)80年と言われますが、 日本は、今 明治維新から 約150年経ちますが、その半分は戦争(維新、そして 日清、日露、対中、対米の戦争)でした。 そして、その後の80年間は、日本は幸いに戦火に見舞われていませんが 世界では まだまだ 至る処で戦火が続いています。
2. 日本の人口推移
ところで、昔は 現代のような正確な国勢調査は、出来ていませんでしたが、日本の人口の推移(推定)は、下のような数字のようです。
下記は、日本の人口の推移です。
8世紀ごろ / 500万人
15世紀ごろ / 1,000万人
18世紀ごろ / 3,000万人(江戸時代)
明治維新ごろ/ 3,300万人
昭和元年ごろ(1925年) / 6,000万人後半
昭和20年 (1945年) / 7,200万人
平成16年 (2004年) / 12,784万人 (日本の人口のピーク)
令和7年 (2025年) / 12,355万人
令和32年推定(2050年) / 9,515万人 (高齢化率 40%)
この人口の推移から見ると 先の大戦の犠牲者は 300万人以上と言われていますので、その当時の人口 6,000万人強に対し 300万人(5%)ですので、赤ちゃんを含め 20人に1人が犠牲者という 異常な割合だったようです。
日本の人口のピークは、2004年で、そのピーク以降下がり続けています。 そして、今から25年後の2050年頃には、1億人を割り込み 高齢化率も40%となり、2人に1人が 年寄りとなる高齢化社会になります。
3. これからの挑戦に期待して
先日、孫がベトナムに4日間ほど行ってきました。 今年初めには、韓国に行き 今月8月末には、タイに行くようです。 今、大学2年、今の学部(国際学部)という環境も有るのか 世界のあちこちに行っているようで そのうちに アジアからヨーロッパ(ハンガリー)へ とも言っています。
私も、30歳で ブラジルへ家族同伴の工事駐在(2年間)をして以降、 世界の14ヶ国 20ヶ所以上の都市に何回となく行きましたが 孫の最近の動きを見て知ると その挑戦?(世界各地を歩き その世界を相手にするという生き方)には、大いに期待しています。
少子化と高齢化で人口が減る中で 今、世界各国からの観光客としてインバウンドの来日が注目され 経済的にも期待されていますが それ以上に 人口が減る中で 労働力として日本への移住が期待され 最近は、その割合が毎年10%以上の増加率となっています。
日本のように 島国で 単一民族で 宗教も大きな違いも無く 貧富の差も小さく 国土の至る処がきれいな安心安全な国から外国を見れば 世界のいろいろな国は 今でも国境紛争や 宗教対立など 争いが絶えない国ばかりです。 これまでの歴史を知れば “奢(おご)れるもの 久しからず” と言いますが、最近あちこちで勝手な事をやっている今のアメリカなどは、今後どうなるのでしょうか。どうすればいいでしょうか。
これからは、海外の 政治的な経済的な出来事にも対応出来 そして、この人的な動き(変化)だけでなく 今は/これからは、自然界の異常な(変化)にも 対応していかなければなりません。 先日孫に会った時も やはり、人の質や 物の質 など 質/本質を そしてその変化を 見極めることが これから先は、増々大事になってくることを話しました。
私の親、兄弟姉妹、子供達、孫達 そして 日本のみんなが このきれいな日本を そして自分自身を 大切にし 生きていく事を望みます。 でわでわ